相互の意思の疎通、理解・・・?!


 「 『他の人と同じでいたい』 という日本人の潜在意識は、
  他の人と同じ情報を共有しなくては、という心理に繋がっている。
  それこそ蟻地獄だ!  」

 もしかして日本人がネットにのめり込むのも、ブログを書くのも、
 他人に遅れたくない、他人と同じに情報を発信したいという動機からなのでは?

 世の中、誰もが寂しいし、誰かと繋がっていたいと思う気持ちは理解できる。

 友達と話したり家族と触れ合ったりするコミュニケーションが、
 日本では生活の中から消えてしまっている・・・。

 あるフランス人から、こう言われたことがある。

 「 フランス人は、コミュニケーションは言葉だけではないと考えるんです。
  身体的コミュニケーションというか、ほら、フランスだったら握手だけでなく、
  キスしたり、ビズしたり、抱き合ったり、手をつなぐのは当たり前。
  スキンシップが、とても好きなんです。 」

 それこそがネットではできないコミュニケーションであると、今、やっと私も気づいた。


     By でゅ~らんらん れぃっこ~ 

 が~おっしゃられた意見でした、私の意見じゃ~ありません。

  ( 引用・・・『 日本人を操る8つの言葉 』  デュラン・れい子 著  角川oneテーマ21 )


 
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 そう、ネットでのコミュニケーションは、
 コミュニケーションの極一部、断片的なものでしかない。
 その危うさに早めに気づいて、ネットとの距離を保ちましょう。

 ネットではできないコミュニケーションの方が、はるかに多い。

 場を共有するのもコミュニケーションだし、時を共有するのもコミュニケーション・・・

 って、”コミュニケーション”を日本語にすると・・・
 相互意志疎通、相互伝達、相互理解、意志の疎通・・・
 う~む、カタカナ語の意味の輪郭ボケには日本語に訳して考えるのが一つの手。

 「相互の意思の疎通、理解」と訳するのが、
 ちょぃっと長ったらしいけど、これが一番かな、私としては。


 大雑把すぎるほどの括りで知識だけの考えにはなってしまいますが・・・

 欧米人のコミュニケーションって、直接的な言動を伴うコミュニケーションが主で、
 日本人の場合、直接的な言動を伴うコミュニケーションに対しての恥じらいがあって、
 間接的なコミュニケーション、場を読む、空気を読む、といったコミュニケーションが
 もともと発達していたのだと思います。

 なんだけど、なんだけど~・・・今はそれがゴチャゴチャになっちゃっているような気がする。

 間接的なコミュニケーションがもともと得意?な日本人が、
 従来あった間接的なコミュニケーションが退化していく過程において、
 ちょうど、どんぴしゃり!に、
 ネット上のコミュニケーションが代替的に発達してきたのだと思う。

 旧来の村社会の影の部分への指摘が、そのまま、ネット上のコミュニティーへの批判と通ずる。


 内輪の中のコミュニケーションの深度をより重視する世の中は変わっていない。
 その表面的な手段だけが変わっているだけで、本質は今も昔も変わっていない。
 外輪に対する冷酷さ、非人道的態度とその無自覚さも、今も昔も変わっていない。
 より根暗なデジタルな方法になっているだけで・・・ね。


 駅前の公衆の面前、目立つ場所、目立つ言動で、
 若い男女が抱き合いキスしている、
 その二人の作為的に周囲に投げかける優越的な態度と、
 それを脇目に見て嫌悪感を表情に表す御年配の姿を、
 脇目に見て通り過ぎる私。

 同じ穴の狢かな。

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