神秘


 典型的な神秘の次元に属するものとしては、
 愛、自由、人間、自然、出会い、存在、誕生、
 生、死、悪なども挙げられます。

 今の教育は、ほとんどが問題解決のための技術的な教育に偏り、
 あらゆる神秘を単なる問題解決の次元で片づけようとする傾向がありますが、
 そこに現代社会の大きな欠陥が隠されているように思えてなりません。


      By あるふぉ~んす で~けんけんぱっ! 

 が~おっしゃられた意見でした、私の意見じゃ~ありません。

  ( 引用・・・『 心を癒す言葉の花束 』  アルフォンス・デーケン 著  集英社新書 )



 
心を癒す言葉の花束 (集英社新書)
集英社
2012-07-13
アルフォンス・デーケン

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 心を癒す言葉の花束 (集英社新書) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル




 『 今の教育は、ほとんどが問題解決のための技術的な教育に偏り、
  あらゆる神秘を単なる問題解決の次元で片づけようとする傾向がありますが、
  そこに現代社会の大きな欠陥が隠されているように思えてなりません。 』

 今の教育のみならず、だと思う。

 人間関係にまで、神秘は失われつつある。
 神秘を胡散臭いものとして、「臭いものに蓋」をしている。
 神秘に目を向ける人に対しても、そうである。

 宗教ですら、問題解決の次元で把握され、利用されてしまっている。
 新興宗教に見られる現象である。

 神秘は神秘のままに、人が人との関わりにおいて対峙していくもの、
 それを、単なる問題解決の次元で片付けようとする方々が多すぎる。
 特にサラリーマン社会に生きる方々。

 年間3万人超が自殺する日本、
 飛び込み自殺により通勤電車が止まることがあっても、「またか・・・」の感覚。
 「通勤時間帯に飛込み自殺なんかするなよ!」 そんな怒りの声も多い。

 今や人は、自分都合の保身の為に、人への残酷さも冷酷さも厭わず。
 「自分さえ良ければ」 「今さえ良ければ」 「金さえあれば」
 御都合主義の正当化ロジックは、
 今や美辞麗句の中に混在し、堂々とそれが使われている。

 神秘は日常の中に常に存在する。
 
 神秘を蔑ろにし、虚無に襲われぬように・・・。



 余談・・・

  あっはっは・・・

  この頃、ぼちぼちブログ書くも、
  「ロジック飛んでる、ケン・ケン・ッパ!?状態だよ、普通の人が読んでも分からないと思う」
  と、御忠告頂きました。

  はぃ、それでいいです。

  分かる人に分かればいい。

  あなたは、私の言いたいことが分かってくれる。
  それだけで私は充分、嬉しいです、
  ありがとうございます。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック